第九話

瞬間、心重ねて

 

「あ〜あ、猫も杓子も、アスカ、アスカ・・・か・・・」

 

「みな、平和なもんや・・・」

「写真に、あの性格は写らないからね・・・」

「どう言うこっちゃ?」

 

ケンスケは趣味と実益を兼ねて校内で人気の生徒の写真を撮っては、それを欲しがる生徒に裏で売り捌いているのだが、アスカが転校してきて以来、その売上の9割近くはアスカの写真になっていた。

 

容姿端麗、才色兼備のアイドルのように振舞うアスカが人気になるのは当然の事とも言えたが、その本当の性格を知るケンスケにとっては複雑な気分だ。

 

「それが写真の良いところさ」

もっとも、ケンスケは写真の売上が伸びて、思わぬ収入になっているのだから文句はない。

 

 

Guten Morgen、シンジ!」

「・・・おはよう、惣流さん」

 

「で、いるんでしょ?ここに」

「誰が?」

「アンタ馬鹿ぁ?ファーストに決まってるじゃない。どこにいんのよっ!」

「・・・綾波なら、もう居ないよ」

 

とりあえず後ろがつかえているので、シンジはアスカを促しながら歩道橋のエスカレーターを降りた。

登校中なので、周囲の好奇の目がものすごい数になっている。

 

「どういう事よ!」

「葛城さん達に聞かなかったの?惣流さんが来る前の戦闘で消えちゃったんだよ」

「消えたって・・・」

(前の戦闘で死んだシンジの恋人ってファーストの事だったの?・・・)

立ちつくすアスカを置いてシンジはすたすたと歩いて行った。

 

 

 

―リツコ執務室―――――――――――――――――――――――

モニターに移るデータの羅列。

専門外の人間が見てもただの暗号にしか見えないだろうが、リツコにとっては酷く興奮させられる物だった。

対第六使徒戦で弐号機、その他の観測機器から得られたデータである。

残念ながら期待されていたタンデムシンクロは実現されなかった。

しかし使徒殲滅までの五秒間、奇怪なデータが存在した。

シンクロ率0%。

シンジの話では、アンビリカルケーブルの限界により衝撃があり、アスカが気絶、その余波で弐号機の腕が使徒のコアを直撃したと言っていた。

 

しかし、シンクロ率0%とはどういう事だろうか?

プラスにしろマイナスにしろシンクロ率が0%となる事は有り得ないのだ。

(シンジ君が他者を求めていない限りね・・・でも彼は初号機にはシンクロしている・・・)

 

そうしてデータ解析に夢中になっているリツコを、突然後ろから抱きしめる腕。

 

「少し痩せた?」

「そう?」

 

リツコはモニターの電源を切った。

そうレベルの高い機密ではないとは言え、スパイと分かっている人物にわざわざ情報を与えてやる程お人好しでもない。

 

「悲しい恋をしているから」

「どうして、そんな事が分かるの?」

「それはね、涙の通り道にホクロのある人は、一生泣き続ける運命にあるからだよ」

「これから口説くつもり?でも駄目よ、怖ぁいお姉さんが見てるから」

 

窓ガラスに張り付いてミサトが此方を見ていた。

般若のような形相だが、それがかえって笑える。

 

「加持君、お久しぶり」

リツコは椅子を回転させて振り向いた。

 

「や、しばらく」

「加持君も意外と迂闊ね」

 

「コイツの馬鹿は昔からよ!」

足音も荒くミサトが部屋に入ってくる。

 

「アンタ弐号機の引渡しが済んだんならさっさと帰りなさいよ!」

「今朝、出向の辞令が届いてね。此処に居続けだよ。また三人でツルめるな、昔みたいに」

「誰がアンタなんかと!」

 

ミサトが叫んだ瞬間、非常警報が鳴り響いた。

「敵襲?」

 

『警戒中の巡洋艦【はるな】より入電。我、紀伊半島沖にて巨大な潜航物体を発見、データ送る』

 

アナウンスが発令所に流れる。

オペレーター達はすでに配置について、その執務を忠実に果たしている最中だ。

「受信データを照合。波長、パターン青。使徒と確認」

 

今日は傍らにパートナーを欠いている冬月は、だが見事な指揮ぶりで命令を下した。

「総員、第一種戦闘配置」

 

 

 

―海岸線――――――――――――――――――――――――――

『先の戦闘によって第三新東京市の迎撃システムは大きなダメージを受け、現在までの復旧率は36%。実戦における稼働率はゼロと思っていいわ』

 

「どーせ通常兵器じゃ使徒にダメージ与えられないんだから、税金の無駄遣いじゃない!あんなもん、直さなくってい〜わよ」

 

「でも、あの兵器にかかっている人件費とか、建設関係の経済波及効果とかを考えるとNERVとしては無くすわけにはいかないんじゃない?第三新東京市の建設費・維持費は小さな国一つが出来るくらいの大規模なものなんだから」

 

「んなもんどっか発展途上国に回せばいいのよ!知ってる?セカンドインパクト以降も内戦での死者や餓死者、疫病による病死者は全人類の死亡者の80%を占めるのよ。こんな無駄なものにお金をかけるより、よっっっぽどマシよ!」

 

「正論だね、でもNERVとしては・・・」

 

「使徒を倒さなくちゃ人類そのものが滅亡するっていうんでしょ?それ、耳にタコができるくらい昔から聞かされてきたわよ。でもコンマ1秒以下単位の時間稼ぎしかできない兵器じゃ、足手まといなだけよ!」

 

「その件に関しては同意するね」

 

『・・・二人とも、熱く第三新東京市の迎撃システムについて語るのはいいけど、そういうことは私たちがちゃ〜んとやってるんだから心配しないでちゃっちゃと使徒を片づけてちょうだい』

「「了解」」

ピッとした返事を返す二人。

アスカの正論も耳が痛いのだが、それよりもシンジの”NERVとしては”と言うのが引っかかるミサトはこの話を早急に切り上げさせた。

 

『今回は上陸直後の目標をこの水際で一気に叩く!初号機と弐号機は交互に目標に対し波状攻撃、接近戦でいくわよ』

「「はい!」」

 

「あ〜ぁ、日本でのデビュー戦だっていうのにどうして私一人にやらせてくれないのかしら」

アスカはエントリープラグの中でぶうたれている。が、その顔を見ればだだをこねているだけということが誰にでもわかった。

 

STOL機からエヴァが二機ともテイクオフし、地響きをたてて着陸した。

即座にネルフの補給部隊により専用電源にケーブルが接続される。

 

「二人がかりなんて、卑怯でやだな・・・趣味じゃない」

『私たちには選ぶ余裕なんてないのよ、生き残るための手段をね』

そんなアスカを諌めたのはミサトだった。

 

その時、浜辺で迎撃の準備終えた2機のエヴァの前に、海中から使徒が姿を現した。

 

「レディーファーストよ。援護してね」

そう言って、弐号機は使徒に向かって駆け出した。

 

初号機がパレットライフルで足を止めていると、弐号機はそのまま一気に跳躍して、ビルを踏み台に使徒の所まで一息で移動した。

 

「んぬあぁぁぁっ!」

 

―ズブァッ―

 

弐号機はそのままスマッシュホークで使徒を両断した。

『ナイス、アスカ!』

ミサトが褒める。

 

「どう?戦いは常に無駄なく美しくよ!」

 

「まだ動いてるみたいですけど、使徒殲滅ですか?」

「あんた、なに言ってんのよ!何か文句あるって言うの!」

 

モニターの中の使徒は、二つに分断されたにも関わらず二体に分かれて再生していた。

「何よ、コレ〜っ!?」

『なぁ〜んて、インチキ!!』

ミサトが指揮も忘れ叫んでいる。

 

「このおおっ!」

すぐにアスカは体勢を立て直し再び使徒へと襲い掛かる。

シンジも間をおかず援護を再開する。

 

シンジが援護していると言っても結局2体1の戦いを強いられた弐号機は、ちょっとした隙に使徒に投げられ海の中に頭から突っ込んでしまった。

 

「弐号機沈黙、パイロット気絶しています」

オペレータからの報告にミサトは決断を下す。

『シンジ君、国連軍にN2爆弾を投下してもらうから出来るだけ離れて!いいわね?』

 

「・・・了解」

 

N2爆弾投下により閃光につつまれる発令所と指揮所。

 

画面が回復した時、使徒に向かって掛けていく初号機が写しだされた。

 

『シンジ君?!』

ミサトが叫ぶも、シンジはその場の弐号機が落としたスマッシュホークを掴むと片方の使徒のコアに突き刺し、そのままもう一方の使徒のコアにも突き刺した。

 

霧散して行く使徒。

「パターン青消滅、使徒消失しました」

 

オペレータの報告に我に返るミサト。

『シンジ君、弐号機を回収して・・・」

 

「・・・了解」

 

 

 

―ブリーフィングルーム―――――――――――――――――――

『本日午前十時五十九分三十七秒、二体に分離した目標甲・乙の攻撃を受けた弐号機は、初号機の援護を受けるも駿河湾沖合二キロの海上に水没、活動を停止。この状況に対する、E計画責任者のコメント』

『無様ね』

 

ブリーフィングルームで肩にタオルをかけながら、目の前で上映された戦闘経過を見せつけられ、言葉もないアスカ。

 

『十一時五分をもってネルフは作戦遂行を断念、国連第二方面軍に指揮権を譲渡。同零七分四十三秒、国連空軍のN2爆雷投下による使徒の構成物質の21%の焼却に成功』

 

マヤの淡々としたナレーションが響く。

 

『十一時九分、初号機により使徒殲滅』

 

「また地図を書き直さなきゃならんな」

副司令の声は不機嫌そのものだった。

 

「弐号機パイロット」

副司令が重々しく語る。

「は、はいっ」

アスカがびくつきながら返事をするが、シンジは振り向きもしなかった。

 

「君の仕事は何かわかるか?」

「・・・EVAの操縦?」

「違う使徒に勝つ事だ!このような醜態を晒す為にネルフは存在しているのではない!」

 

「そして初号機パイロット」

「・・・はい?」

「何故命令もなく使徒攻撃に向かった?」

「・・・貴方が今仰ったじゃないですか?それとも僕の仕事は使徒殲滅ではないと?」

 

「しかし、攻撃の命令は出ていなかったはずだが?」

 

「僕はあの時、離れる事しか命令を受けてませんよ、そこに勝機があれば攻撃するのは当然じゃないんですか?それとも命令を待って勝機を失えと?だとすると僕の仕事は命令に従う事で使徒に勝つ事ではないですね、それでは惣流さんに言った事と矛盾すると思いますが」

 

「しかし、既に指揮権を譲渡してしまってからの攻撃は問題があるのだよ」

 

「大人はいいですねぇ。子供を戦場に送って、安全な所から文句と嫌味を言うだけ。僕達はその場で死ぬかも知れないんですよ。大人の都合で綾波に助けて貰った命を捨てる気は僕にはありませんから」

部屋の空気が一気に重くなって、静寂が痛く感じられる。

 

なんとか命令なく使徒攻撃に至った事を諫めようとした冬月だったがレイの事を引き合いに出されては分が悪く、引き下がる事にした。

「・・・わかった、今回の事は不問にしよう」

そういって席を立ち、タラップに乗って下へと去っていく冬月。

 

「どうしてみんなすぐ怒るの!」

「大人は恥をかかされるのが嫌いなのさ」

膨れているアスカを取りなす加持だった。

 

 

 

―ミサト執務室―――――――――――――――――――――――

そして、文字通り山のような書類の束を相手に夢遊病者のような顔をしているミサト。

口にはペンまでくわえている。

後ろにはリツコが、腕組みをしてそれを見下ろしている。

 

「これが関係各省からの抗議文と被害報告書。で、これが国連からの請求書、広報部からの苦情もあるわよ。全部目、通しておいてね」

 

ぎぃぃ、と椅子をきしませながらのびをして、ミサトは大きく息を吐いた。

「読まなくてもわかってるわよ。喧嘩をするなら余所でやれってんでしょ」

「ご明察」

「いわれなくったって、上が片づけばここでやるわよ」

 

「副司令はカンカンよ。今度恥かかせたら、左遷ね、間違いなく」

 

「碇司令が留守だったのは不幸中の幸いだったけどさ」

「いたら即刻クビよ、これ見るヒマもなくね」

 

「しっかし、シンジ君、何故あの時、攻撃に行ったのかしら?」

「ブリーフィングでは、勝機が見えたからと言っていたわ」

 

「勝機ねぇ・・・先に撤退も命令しておけば良かったわ」

「どうかしらね?さっきの話じゃレイに助けられた命を大事にする事と使徒殲滅に使命感みたいなものを持ってるようだったけど・・・」

 

「使命感?」

「冬月副司令と言い合ってたわ、大人の都合でレイに助けられた命を捨てる気はないって」

 

「そう、そう・・・」

 

 

 

―双子山――――――――――――――――――――――――――

シンジはブリーフィングの後、双子山に来ていた。

シンジの双子山参りはNERV内では有名になっており、時々林に消えるが何時も2〜3時間で戻るので監視もそれ程慌てなくなっていた。

 

そしてシンジはいつもの場所で30分程座っていた。

(・・・どうして回収してしまったの?)

(・・・ユニゾンの訓練をやりたくなくってね)

(・・・そう、使徒襲来のスケジュールが狂わないか心配だわ)

(・・・まぁ大丈夫だと思うよ)

 

(・・・そろそろ行こうか)

(・・・そうね)

シンジは林に消えて行った。

 

 

 

―名もない南の孤島―――――――――――――――――――――

「やぁ皆、元気だった?」

「はい、シンジ様もご機嫌麗しゅう」

「快調です」

「元気一杯だぞぉ〜」

 

突然現れたシンジに驚きもせず挨拶をする三人。

「エルは?」

「また海で泳いでいますわ、もうそろそろ戻ってくると思います」

「そう?じゃぁ取り敢ずラフェールを擬人化してくるよ、皆はくつろいでて」

「畏まりました」

 

シンジは衣装部屋に行き、まずレイと分離した。

その後、地下のプールに行きイスラフェルを擬人化すると皆の元へとやって来た。

イスラフェルは髪は茶髪で短く、目も茶色い少しボーイッシュな音楽家と言う趣だ。

因みに分離は出来るが普段は一人である。

ガギエルは髪は緑で長く腰まであり、目もエメラルドグリーンで人魚のようだ。

 

「今回も史実とかなり懸離れてしまいましたねぇ」

サキエルが口火を切る。

 

「そうだね、でもあの二人と寝食を共にするのは苦痛だから」

「・・・そうね」

「・・・ごめん、僕の我儘だったね」

「そんな事はございません、シンジ様が苦痛を感じるならここに来た意味はございませんから」

「そうだな」

「そうだそうだぁ〜」

「私もそう思いますわ」

「気に病む必要はないでしょう」

シャムシェル、ラミエル、ガギエル、イスラフェルの順で同意する。

「皆・・・ありがとう」

 

「さて、問題はこれからどうするかだね」

「何か問題でも起こったか?」

シャムシェルが聞く。

 

「髭が悩んでるみたいなんだよね」

「レイ様亡き後のシナリオについてですね?」

サキエルが応える。

 

「うん、なんとかアダムは手中に納めた気になってるけど、元々綾波を媒介にリリスと融合してリリスに願いを叶えて貰おうと言う計画だったからねぇ」

「その計画自体、無謀な気がするのは、俺だけか?」

シャムシェルが突っ込む。

全員挙手。

 

「まぁ中途半端な情報で全てを知った気になった無知で傲慢な輩が建てる計画なんてそんな物でございますわ」

更に厳しく突っ込みながら皆にお茶のお代わりを注ぐサキエル。

 

「そうだね、ゼーレの老人達も、全てがLCLに溶けた後、自分達が統べる事ができると考えているしね」

 

「・・・少し考えがあるの」

レイが唐突に切り出した。

普段、あまり自分の意見を言わないレイが案を出したため、皆、一斉にレイの顔を見た。

 

そしてレイがしずしずと語った案に皆絶句した。

 

「・・・碇君が嫌じゃなければだけど」

「僕は全然、構わないよ、それより綾波にかなり負担が掛かりそうだけど?」

「・・・問題ないわ」

 

「綾波?もしかして、楽しもうとしてない?」

「・・・な、何を言うのよ」

少し照れてるレイであった。

 

「後、そろそろ高値な日本株の空売りを初めてくれるかな?サキ」

「畏まりました」

「全財産、使って構わないから」

 

その後和気藹々とした時間を過ごした。

 

「じゃぁそろそろ戻るよ、後の事は頼むね」

「畏まりました」

「御意」

「わかったぞぉ〜ラミたんにお任せぇ」

「お気をつけて」

「いってらっしゃいませ」

 

それぞれの挨拶の後、例によりレイは服をぱっと脱ぎシンジに口吻し融合していった。

 

「あれは儀式になったらしいですわ」

説明するサキエル。

「儀式か」

淡々と受け入れるシャムシェル。

「大人の儀式だぁ〜」

喜んでるラミエル。

「厳粛ですわね」

こちらも大人の雰囲気のガギエル。

「今度BGMをつけましょうか」

流石音楽を司る使徒イスラフェル、言う事が違う。

 

 

 

―双子山――――――――――――――――――――――――――

林からシンジが出てくると、監視の者達の安堵した雰囲気が伝わって来た。

(・・・皆ごくろうだねぇ)

(・・・そうね)

 

(・・・ここは綺麗で静かでいいね)

(・・・そうね)

いつもの場所に座るとシンジは夕日が沈むまでの時間レイとの会話を楽しんだ。

 

 

 

―司令室――――――――――――――――――――――――――

パチッ

ゲンドウと冬月が将棋をしている。

「碇、シナリオの修正は終ったのか?」

「・・・アダムと初号機はここにある」

「そうだな」

「・・・リリスの因子を持つ物も初号機のみだ」

「ふむ」

「・・・ゼーレの計画を利用できるかもしれん」

「ゼーレのか?」

「・・・ゼーレは量産機を使った儀式を計画しているのだろう」

「成る程、そこに初号機を組み込み、アダムの力で介入するのか」

「・・・そんな所だ」

「旨く行くかな?」

「・・・まだ時間はある、他の可能性も今検討中だ」

 

「シンジ君は計画の妨げとならんか?」

「・・・今は、レイに助けられた事に対する態度でバランスを取っているだけだ」

「かなり強い意志を感じたぞ」

「・・・所詮、子供だ。壊すのは容易い」

「レイが死んでも壊れなかったんだぞ?それどころか強くなったようだ」

「・・・子供の痩せ我慢だ。重なれば耐えられまい」

「重なるとは何をするつもりだ?」

「・・・今はまだ時期ではありません。何もしませんよ冬月先生」

ニヤリと笑うゲンドウに肌寒い物を感じる冬月だった。

(こいつが先生と呼ぶ時は碌な事を考えておらんからな)

 

 

 

―コンフォート17―――――――――――――――――――――

シンジがマンションに着くとミサトの部屋の前からシンジの部屋の前まで荷物で一杯だった。

(・・・やっぱりアスカはミサトさんと住むのか)

 

葛城宅では、アスカの喚き声が聞こえる。

狭いとか部屋に鍵がないとかである。

シンジは、とばっちりを受けないよう静かに自分の家に入った。

 

(・・・分離していい?)

(・・・ちょっと待って)

(・・・どうして?)

(・・・隣のあの調子じゃ、また引っ越し祝いとか言って押しかけてくるかもしれないから)

(・・・そうね)

レイは渋々了承した。

 

取り敢ずシンジは、お風呂を沸かしながら食事の支度を始めた。

来れば食べられるように、来なければ明日の弁当に入れられる物を作った。

 

そして下拵えが済んだ所でお風呂に入り、来ないようなので、レイと二人で食事しようかと思ったところでチャイムが鳴った。

思った通りビールを抱えたミサトと、膨れっ面のアスカが居た。

 

「シンジくぅ〜ん、アスカがお隣さんになるから引っ越し祝いしましょう」

「ふぅ、構いませんけど、うちでやるんですか?」

「ちょぉっち、うち散らかってるからその方がいいかなぁなぁんて」

悪びれずミサトが言う。

 

「まぁいいですよ、どうぞ」

「お邪魔しまぁす」

「・・・・・」

ミサトは元気に入って来たがアスカは、機嫌が悪いようだ。

 

「食事は終わりました?」

「それが、まだなのよねぇ」

「じゃぁ暖めますんで一緒に食べましょう」

 

「あ、あんたが料理するの?」

「そうだけど?」

「ふぅん」

等と言う遣り取りの後、ミサト達はリビングに入った。

 

取り敢ず作っていた物を、お皿に盛りつけテーブルの上に出す。

「あ、あんた使徒を倒したからって偉そうにしないでよね!あれはたまたまなんだから」

今一歯切れが悪いアスカだ。

「そうだね、あれはN2爆弾で弱ってたからだよ」

「太平洋の時もよっ!」

「あれは惣流さんが倒したんだよ、僕はシンクロしてなかったんだから」

 

「アスカももう止めなさい、それよりシンジ君の料理って美味しいのよねぇ」

ミサトは食べる気満々だ。

「ふん、まぁ解ってるようだからいいわ、これからあんたの事シンジって呼ぶからあたしの事はアスカって呼びなさいよ!」

取り敢ずアスカの機嫌は回復したようだ。

 

「わかったよアスカ、どうぞ召し上がって下さい」

シンジが勧めるとアスカも取り敢ず食べた。

何故にこんなに量が用意されていたのか疑問にも思わない二人だった。

 

舌鼓を打つミサトとアスカ。

暫し団欒の後ミサトがまた調子に乗った。

「ぷっはぁ〜やぁっぱシンジ君の料理は美味しいわぁ、やっぱりうちで住まない?」

「な、何言ってんのよミサト、男女7歳にして同衾せずって言うでしょ!」

 

「あら、アスカ難しい日本語知ってるのねぇ」

ミサトはニヤニヤしてる。

 

「葛城さん?同居しない理由は前にも言いましたよね。それに・・・」

「そ、そうだったわね、それにって?」

 

「いや、僕はまだ綾波が帰ってくるような気がして、綾波が帰って来た時に居場所が無くなってると悲しむだろうから」

「・・・シンジ君」

ミサトは、また余計な事を聞いてしまったと後悔した。

 

「何?あんたファーストと同棲してたの?!」

「同棲って言うか、綾波はいつもここに居たから」

「そ、そう・・・」

どうもシンジが相手だとテンションを保てないアスカだった。

 

「さてと、もう遅いしそろそろ帰るわね、アスカもお隣さんだしこれから仲良くしてね」

ミサトは暗くなりかけた雰囲気に耐えきれずお開きにした。

 

「・・・はい」

 

二人が引き上げた後、シンジから分離するレイ。

「片付けるから待ってて」

「・・・えぇ」

「何か食べる?」

「・・・一緒にケーキでも食べましょ」

「そうだね、お茶入れるよ」

 

紅茶を飲み、微笑みあいながらケーキを食べる二人だった。

まったりとした穏やかな時間が流れる。

 

しかし、翌朝二人が予期しないイレギュラーが発生する事となる。

 

いつものようにシンジとレイが朝食を取り終わり、お互い裸で融合しているときにチャイムが鳴った。

 

Guten Morgen、シンジ!」

「あ、あぁおはよう」

扉から顔だけ出すシンジ。

 

「学校行くわよ、シンジ!」

そう言うとアスカは、バッと扉を開けた。

 

「きゃ〜〜エッチ、バカ、変態ぃ〜〜こぉのバカシンジィ〜!!」

バタンと扉を閉められた。

 

「・・・まったく・・・」

 

服を着て外に出ると、既に先に行ったと思っていたアスカが待っていた。

 

「ほらぁ、ぐずぐずしてると遅刻するわよっ!」

「あっ、あっ、あぁぁぁ」

そしてアスカに強引に腕を捕まれ引っ張られて行くシンジであった。

 

(・・・やっぱりサルは侮れないわ)

(・・・綾波ぃ)