第壱話

使徒、襲来

 

『本日12時30分、東海地方を中心とした、関東地方全域に特別非常事態宣言が発令されました。住民の方々は速やかに指定のシェルターに避難して下さい』

 

駅のホームに人は一人もいない、ただ辺り一帯に機械的な声でアナウンスが流れている。

 

澄み渡った青空の上に、銀色に輝く戦闘機が描く一筋の白線。

ふと歩きだそうと思い、顔を上げた先に・・・

 

アスファルトの上で、蜃気楼のように頼りなく立ち尽くし、シンジを見ている蒼銀の髪に紅い瞳の少女。

 

(・・・ごめん)

(・・・何を謝るの?)

(多分、これからあの綾波に起こってしまうであろう事にさ)

(・・・そう)

 

突然響きわたる炸裂音、そして共振して風を切る電線の音に少年は顔をあげる。

目線の先には黒い人型の巨大な生物と、それから逃げるように後ろ向きに飛行する国連軍のVTOLが目に入った。

大きな足音と、この世のものとも思えない巨大な生物のうなり声が無人の街へ響く。

 

巨大な生物によって撃墜された戦闘機の残骸がシンジを襲うかに思えたとき、青いスポーツカーが悲鳴のようなブレーキ音を響かせ、シンジと爆風の間に滑り込んできた。

 

「お待たせっ!!」

 

ドアが開き、そこから見えたのは、サングラスをかけて黒いチャイナスーツを着た妙齢の女性。

 

 

 

ハイスピードで車を運転し市街から抜け出したミサトは双眼鏡で戦場の様子を伺っていた。

 

(航空部隊が引き揚げた、機甲部隊も?時間は?)

「まさか、N2地雷を使うつもり!!シンジ君伏せて!!」

 

そう叫ぶと同時にミサトは、シンジの上に覆い被さった。

 

辺り一帯を閃光で白一色に染め上げ、それに続いて地球が砕けたのではないかと思える轟音、最後に、1t以上もある車をいとも簡単に転がす爆風が二人に襲い掛かった。

 

「だ、大丈夫ですか? 葛城さん」

 

「ミサトでいいわ、改めてよろしく、碇シンジ君」

 

「・・・よろしく」

 

(なんかとっつきにくいわね・・・緊張してるのかしら?)

爆風が収まり横転してる車を二人で元に戻し、移動を開始した。

 

 

―発令所――――――――――――――――――――――――――

 

「見たかね? これが我々切り札、NN地雷の威力だよ」

 

「これで君の新兵器の出番は二度と無い」

 

NN地雷が爆発した直後の発令所では、壮年の軍人達が碇ゲンドウに高笑いを浴びせていた。

 

「電波障害のため、目標確認まで暫くお待ち下さい!!」

 

「あの爆発だ、ケリは付いている!!」

 

忠実に任務をこなすオペレーターに「そんなことは無駄だ」とでも言わんばかりに、軍人達は言った。

 

彼等は自分達の兵器に絶大な自信と信頼を抱いていた。

 

確かに、それは今まで常に有効であったのだから当然であった。

 

「ば、爆心地付近にエネルギー反応!!」

 

「映像、出ます!!」

 

『第三使徒』は軍人達の自信とプライドを打ち砕いた。

 

表層部に多少の被害は負っているものの、その存在は全く揺らいでもいなかった。

 

「我々の切り札が!!」

 

「馬鹿な!? 街を一つ犠牲にしたんだぞ!?」

 

「なんて奴だ!!」

 

「化け物め!!」

 

信じられない驚愕の叫びをあげる軍人達に冷や水を浴びせるように、彼等の机の電話が突然鳴り響いた。

 

「――はっ、わかっております。しかし――はいっ、了解しました」

 

軍人達の態度の変わり様から見て、その電話は上層部からの命令であったのだろう。

 

忌々しげに睨みつけながら、彼等は命令を全うすべくゲンドウに告げた。

 

「……碇君、総司令部からの通達だよ。只今より本作戦の指揮権は君に移った。お手並み拝見させてもらおう」

 

「我々国連軍の所有兵器が目標に対し無効であった事は認めよう。だが碇君!! …君なら勝てるのかね?」

 

悔しさに歯噛みする軍人達の言葉に、ゲンドウは言葉少なに告げた。

 

「そのためのNERVです」

 

右手で直したサングラスの奥の目は、不敵な自信に満ち溢れていた。

 

 

―ミサトの車――――――――――――――――――――――――――

 

破損した車の部品を『緊急避難的強制徴収』という便利な言葉を用いて、路上に放置?された車から拝借し、シンジとミサトはNERVの『カートレイン』入口に到着した。

 

「お父さんからID受け取ってない?」

 

NERV内部に入り人心地ついたミサトは、シンジにそう話し掛けた。

 

「これですか?」

 

シンジは、制服の胸ポケットから封筒を取り出し、ミサトに渡した。

 

「手紙もあるけど…読んでいい?」

 

「・・・どうぞ」

 

落ち着いてきたミサトは、持ち前の野次馬根性を発揮し、(あの髭眼鏡司令がどんな手紙を書くんだろう?)という好奇心から、IDと一緒に渡された手紙を読んだ。

 

「んなぁ!?」

 

「来い」の文字しか書かれていないそれを読んで、ミサトは間の抜けた声を上げた。

 

苦笑して複雑な表情を浮べるシンジを見て、バツが悪くなったミサトは、「ようこそNERV江」と表題された分厚い資料を渡す事で、間を取り持とうとした。

 

「これ、一応読んどいて」

「・・・はい」

興味なさげに受け取ったシンジはパラパラと見ている。

 

「・・・特務機関ネルフ・・・国連直属の非公開組織。私も、シンジ君のお父さんも、そこに所属しているの。ま、国際公務員ってやつね」

そう言うと、ミサトはNN地雷の所為で崩れた化粧を直し始めた。

 

「人類を守る、大切な仕事ってやつですか・・・」

「ん〜、まあそうね」

言葉だけ聞いていれば皮肉か嫌味を言ってるようにしか思えないのだが、シンジのにこやかな表情にその思いを振り払い、ミサトはファンデーションを直しながら、シンジの言葉を肯定した。

「お父さんの事・・苦手なの?」

「・・・どうしてあんな臆病者に苦手意識を持たなければいけないんですか?」

「臆病者って・・・」

「何時も眼鏡越しで手を顔の前に組んでませんか?あれは表情を読まれるのを恐れているからなんですよ。臆病者以外の何者でもありません」

「そ、そうなの?・・・」

「高圧的な態度も、全て思い通りに進んでいるような思わせぶりな態度も『問題ない』って言うのも、皆臆病が故ですよ」

「お父さんの事よく解ってるのね?」

「それくらい誰でも解るんじゃないですか?尤も何考えているかまでは解りませんけど」

そう言ってシンジは溜息をついた。

 

カートレインがトンネルを抜け、視界には巨大な地中空間が現れた。

「・・・ジオフロント」

 

「そう、世界再建の要、人類の砦となる所よ」

 

今までのとっつきにくいシンジではなく、どこか感激しているようなシンジの様子にミサトは機嫌を良くした。

 

 

 

―発令所――――――――――――――――――――――――――

 

「UNもご退散か・・・どうする?碇」

「初号機を起動させる」

 

「パイロットが居ないぞ?」

「問題ない・・・たった今予備が届いた」

(息子を予備呼ばわりかユイ君が聞いたら何と言うかな・・・)

 

『発令所』で監視カメラからのシンジの様子を複雑な思いで見ていたゲンドウは、副司令―冬月コウゾウ―を、予め用意していた返答で沈黙させると、再びシンジの映像を見つめて、一人の世界に沈んでいった。

 

 

 

―ジオフロント内――――――――――――――――――――――――――

薄暗い廊下に二人の足音が響いていた。

 

シンジは、先程受け取った冊子を読みながら、前を行くミサトに声をかけた。

 

「葛城さん。これから父の所に行くんですよね?」

「ええ、そうよ。――と、ミサトで良いわ」

 

これからのシンジとの関係を考えて、初対面からファーストネームで呼び合い、打ち解けた方がいいだろうと考えていたことが、相変わらず名字で呼ぶシンジにミサトは、呼び方の訂正を求めた。

 

「それで葛城さん。なんて場所に行こうとしてるんですか? もう随分歩きましたけど」

フレンドリーな『お姉さん』を演出しようとしていたミサトの意志は、シンジのその一言で瓦解した。

 

―ムカッ―

 

「――ッ、う、うるさいわね。黙ってついて来て!!」

 

(・・・ふぅ相変わらずか、当たり前だけど)

 

(まずったわねー。こんな事ならリツコに地図でも・・・)

 

ようやく二人は目的のエレベータに到着した。

 

―チン―

 

二人がたどり着くと同時に、近未来的な造りに似つかわしくない到着音を響かせ、エレベーターの扉が開いた。

 

エレベーターの中から白衣を着た金髪の女性が出てきた。

 

「あ、あらリツコ・・・」

「何やってたの葛城一尉。こっちは人手もなければ、時間もないのよ」

「ゴミン」

 

片手を顔の前に出して言う。

リツコの顔がシンジを向く。

 

「この子が例の男の子ね」

値踏みするようにシンジを見るリツコ。

 

「そぉっ、マルドゥックの報告書によるサードチルドレン」

腕を組みながらミサトが言う。

 

「私は技術一課E計画担当博士の赤木リツコ・・・よろしく・・・リツコと呼んでもらって良いわよ・・・」

リツコが言うと、今までファイルを読んでいるふりをしてきたシンジが答える。

 

シンジは値踏みしかえすようにリツコを見返すと

「こちらこそよろしく。大胆な格好ですね?」

そう言うとシンジはニッコリと微笑んだ。

 

(うっ・・・報告書と違うわね・・・)

「い、いらっしゃいシンジ君、お父さんに会わせる前に見せたい物があるの・・・」

「見せたい物・・・ですか・・・」

 

 

 

―発令所――――――――――――――――――――――――――

「では後を頼む」

ゲンドウは、そう言って下へ降りる。

 

「三年ぶりの対面か」

 

「副司令、目標が再び移動を開始しました」

「よし、総員第一種戦闘配置」

 

 

 

―ジオフロント内――――――――――――――――――――――

「繰り返す。総員第一種戦闘配置。対地迎撃戦用意」

 

「ですって」

「コレは一大事ね」

 

「で、初号機はどうなの?」

「B型装備のまま、現在冷却中」

 

「それホントに動くのぉ。まだ一度も動いた事無いんでしょ」

「起動確率は、0.000000001%。オーナインシステムとは、よく言ったものだわ」

 

「それって、動かないって事?」

「あら失礼ね、0ではなくってよ」

 

「数字の上ではね。まぁ、どの道、『動きませんでした』では、もう済まされないわ」

 

「それって機密じゃないんですか?僕が聞いても問題ない話です?それとも僕に聞かせる必要があるって事ですか?」

((・・・・・))

シンジの言葉に迂闊な事を言えないと思ったミサトと、その対応が報告とあまりに違う事に思考のループに入ってしまったリツコのためその後沈黙が続いた。

 

3人はケイジについた。

 

「着いたわ。ここよ」

「真っ暗ですよ?」

 

―パチッ―

 

シンジの言葉と共にケージに明かりが灯った。

 

暗闇に慣れた目に光が突き刺さる。

 

目の前には初号機が・・ある。

 

シンジはただじっと初号機を見つめていた。

 

リツコはそんなシンジを見て驚いているのだと判断し、目の前にあるものについて説明した。

 

「人の造り出した究極の汎用人型決戦兵器。人造人間エヴァンゲリオン。その初号機。建造は極秘裏に行われた。我々人類の最後の切り札よ。」

 

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

 

驚いているのか何の反応も示さないシンジに暫く静寂が続いた。

 

「久しぶりだな、シンジ」

 

「何方ですか?(やっぱあの髭は悪人にしか見えないなぁ)」

 

「シンジ君、あれが碇指令、貴方のお父さんでしょ」

「そうだったんですか、父さんに逢いに行くって言って人造人間の説明なんかするから、てっきり父さんが人造人間なのかと思っちゃいましたよ」

((・・・・・))

ユニゾンで頭を抱えるミサトとリツコ。

「悪の秘密結社、極秘裏に建造された人造人間、そして悪の女幹部二人、出来すぎてますねぇ」

「「誰が悪の女幹部よっ!!」」

「だって二人共、水着好きみたいだし・・・」

そう言いながらミサトの写真をリツコに見せるシンジ。

それを見て頭を抱えるリツコ。

(確かに悪の女幹部っぽいわね・・・)

金髪黒眉、ハイレグ水着にパンプスと白衣のリツコを見て納得してしまうミサト。

 

そんな喧噪を意に介さずシナリオを進めようとする道化。

「ふっ・・・出撃!」

 

「出撃!?零号機は凍結中でしょ!?まさか、初号機を使うつもりっ!?」

 

「他に方法はないわ」

「だってパイロットがいないわよ?」

「さっき着いたわ」

「・・・マジなの?」

 

周りにいた全員がシンジに視線を向ける。

 

「碇シンジ君。あなたが乗るのよ」

 

「待ってください司令!綾波レイでさえエヴァとシンクロするのに七ヶ月もかかったんです!今来たばかりのシンジ君にはとても無理です!」

 

「座っていればいいわ。それ以上は望みません」

 

ゲンドウが高圧的に進める。

「乗るなら早くしろ。でなければ帰れ!」

 

「ふ〜ん。じゃぁ帰るよ」

シンジはスタスタと扉の方に歩き出した。

 

「冬月っレイを起こせ!」

『使えるのかね?』

「死んでいるわけではない」

 

「もういちど初号機のシステムをレイに書き換えて、再起動よ!」

ゲンドウのシナリオを理解し、書き換える必要もないのに命令を出すリツコ。

まだシンジのパーソナルデータなど取っていないから、もともとレイのものだったのだ。

 

そんな事は知らず慌てたミサトが扉に向かうシンジをせき止め説得を試みる。

「シンジ君それでいいの?何をしにここまで来たの?逃げちゃ駄目よ!シンジ君、お父さんから、何よりも自分からっ!」

 

「何をしにって、「来い」ってだけの手紙で無視しようかと思ったけど一応遺伝子上は父親らしいので来てみただけですよ。そしたら訳の解らない事言って「帰れ」とか言うから帰るだけですけど、それを『逃げる』って言うんですか?」

淡々と事実だけを述べるシンジ。

 

― ガラガラガラッーー ―

 

ミサトが何も言い返せず唖然としているところに扉が開きストレッチャーに乗せられた重傷の綾波レイが入って来た。

 

一瞬シンジの顔が慈しみと哀れみを纏った複雑な表情を見せたがそれを見た者はいなかった。

 

「レイ、予備が使えなくなった。出撃だ」

「はい・・・くっ」

 

小さな呻き声を上げながら起きあがろうとするレイ。

それをじっと見ているシンジに対しゲンドウが追い打ちのつもりで声を掛ける。

「いつまでそこに居る!お前など必要ない!さっさと帰れ! 人類の存亡をかけた戦いに臆病者は不要だっ!!」

 

ゲンドウに侮蔑の眼差しを向けると、そのままシンジは扉に向かって歩き始めた。

 

「乗りなさいシンジ君!!シンジ君が乗らなければ、あの娘が乗る事になるのよ!恥ずかしくないのっ?!」

尚も喚くミサトに、扉に手を掛けたシンジが振り返った時。

 

― ドッガーーーン ―

その時ケイジが激しく振動した。

 

「ちっ、奴めここに気付いたか。」

 

ゲンドウは舌打ちする。

 

鉄骨が落ちて来る。

 

― グァッシャン!グチャッ―

 

「「レ、レイ!!」」

ミサトとゲンドウが叫んだが、リツコは眉間に皺を少し寄せただけだった。

(これだけ眼があると3人目への移行のシナリオが大変だわ・・・)

 

鉄骨の下敷きになり、赤い液体の中にギプスを巻いた腕が見えている。

何の感慨も見せない表情でそれを見つめるシンジ。しかし・・・

 

(そっちじゃない、こっちにおいで、綾波・・・)

(・・・誰?)

(痛い思いをさせてごめん、君の魂は弱り過ぎている。せめて、僕にその魂を休めさせてくれないか?)

(・・・私は無に帰る)

(そっちに行っても3人目になるだけだよ)

(・・・まだ無には帰れないのね?)

(そうだね、だからその前にこっちに来て魂を休めてくれないか?、それから3人目になっても遅くはないだろ?)

(・・・解ったわ)

魂だけのレイは以外と素直にシンジの言葉に従った。

 

(後は任せるよ・・・)

(・・・解ったわ)

レイの魂はレイのスペアに向かわずシンジの中に入った。

 

「ここに連れてこなければ、こんな事にならなかっただろうに・・・」

シンジはレイを乗せたストレッチャーを押して来ていた白衣の集団に軽蔑の眼差しを向け呟いたが、皆唖然としておりそれが聞こえている者は居なかった。

 

レイ(・・・暖かい・・・貴方は誰?)

シンジの中に入ったレイはシンジの包み込む様な暖かさを感じ、その先にいる自分と同じ様な存在に問いかけた。

シンジの中のレイ(私は綾波レイ)

レイ(それは私、貴方は誰?)

シンジの中のレイ(貴方は二人目の綾波レイ、私は綾波レイ)

レイ(・・・そう)

シンジの中のレイ(私とひとつにならない?)

レイ(・・・私は私、貴方はじゃないわ)

シンジの中のレイ(貴方は分化された綾波レイの一人、私とひとつになることで元の魂に近づくだけ、貴方の弱った魂が少し回復するわ)

レイ(そう、私は無に帰るの?)

シンジの中のレイ(いいえ、私と共になるだけ、このまま素体に帰ると貴方の魂は稀薄すぎて肉体を保てなくなるわ)

レイ(・・・・・)

シンジの中のレイ(まず、魂を休ませてからやるべき事をやればいいわ)

レイ(・・・そうね)

 

シンジの中のレイとレイが融合を始めた。

レイ(・・・貴方は私、私は貴方・・・そう、そう言う事だったのね)

 

シンジの中のレイと融合する事により全てを知ったレイ。

レイ(・・・そう、あれは絆ではなく鎖だったのね・・・)

そして綾波レイは一つになった。

 

鉄骨に押しつぶされたレイを見て呆然としている二人を尻目にこのままではシンジを乗せるシナリオが崩壊すると感じたリツコがシンジに話しかけた。

 

「シンジ君・・・。私達はあなたを必要としているわ。今ここに居た唯一のパイロットのレイがあの状況では貴方にエヴァに乗って貰うしかないの」

 

「・・・・・」

 

「エヴァに乗ってくれないかしら?」

 

「・・・しかたないですね、解りました乗りますよ」

 

「よく言ってくれたわ、じゃぁこっちに来てちょうだい。医療班はレイをICUにっ!」

レイを3人目にするシナリオも忘れないリツコ、一番冷静で強かだった。

 

「ミサトっ!早く発令所に行って準備しなさいっ!」

 

―発令所――――――――――――――――――――――――――

「エントリープラグ挿入」

「プラグ固定終了」

「第一次接触開始」

「LCL注入」

リツコの指揮により発信準備が進んで行く。

 

「なんか漏れてますけど?」

「大丈夫。それはLCLと言って、肺がLCLで満たされれば直接血液に酸素を取り込んでくれます。すぐに慣れるわ」

リツコの説明を聞きシンジは口の空気を吐き出すが顔をしかめる。

 

「血の味と匂い・・・」

「我慢なさいっ!男の子でしょっ!」

ミサトが喚く。

「貴方、なんなのですか?」

 

「わ、私は作戦部長よっ!」

「作戦と血の匂いを我慢する事が何か関係があるんですか?」

「う、うるさいわねっ子供は言われた通りにしてればいいのよっ!」

「その子供を無理矢理戦場に出そうとしておいて、大した言いぐさですね」

「ぐっ!」

発令所の白い目がミサトに集中する。

 

「ミサト、今は起動の最中よ、余計な事でシンジ君にプレッシャーを与えないでっ!」

「わ、解ったわよ」

白い目とリツコの叱責にシブシブ矛を収めるミサト。

 

「主電源接続」

「全回路動力伝達」

「第2次コンタクト開始」

「思考形態は日本語を基礎原則としてフィックス!」

A10神経接続異常なし」

「初期コンタクト全て異常なし」

「双方向回線開きます」

 

そこまで言って、オペレーターの報告が途切れていることに気付いた。

 

「どうしたの?マヤ、続けなさい」

 

呆然と目の前のモニタを見つめていたショートカットで黒髪の女性は、リツコの声に我に返った。

 

「あっ……はい、あの……」

「?」

「……シンクロ率……99.89%」

 

発令所は、今度は静まり返った。

 

「そんな・・・訓練もプラグスーツもなしに、イキナリ・・・ありえないわ」

リツコはモニター計測器をみて驚く。

「すごいわ!シンクロ誤差0.3%以内よ!」

 

「ハーモニクス、全て正常位置。暴走、ありません!」

 

 

 

「碇・・・これはシナリオにはないぞ」

「計画以上にシンジが母親を求めていただけだ」

「そうだといいがな」

「・・・問題ない」

「レイはどうする?」

「・・・問題ない。赤木博士がシナリオを考える。3人目になるだけだ」

「そうか、火傷までしたのに徒労に終ったな」

「・・・・・」

 

 

「いけるわ。」

リツコは、まだいじけて膨れているミサトの方を振り向く。

 

「エヴァンゲリオン初号機!発進準備!!」

復活したミサトの号令が響く。

 

『第一ロックボルト解除!』

『解除確認!アンビリカルブリッジ移動開始!』

『第2ロックボルト解除!』

『第一拘束具を除去!』

『同じく第2拘束具を除去!』

『1番から15番までの安全装置を解除!』

『内部電源充電完了!』

『外部電源用コンセント異常なし!』

「EVA初号機射出口へ!」

 

射出口へ移動していく初号機。

『5番ゲートスタンバイ!』

 

「進路クリア!オールグリーン!」

「発進準備完了!」

 

技術部最高責任者であるリツコの最終確認が出される。

「了解!」

 

NERV総司令であるゲンドウの方を向き確認するミサト。

「かまいませんね?」

「もちろんだ。使徒を倒さぬ限り我々に未来は無い」

 

「エヴァンゲリオン初号機発進!!」

ミサトの勇ましい声と共に射出口固定台ごと地上に打ち上げられる初号機。

 

「くっ!」

その凄まじいスピードによるGの為にたまらずうめくシンジ。地上に出たエヴァンゲリオン初号機。目の前に使徒の姿。その姿は地下のNERV発令所にも送られる。

 

激しい衝撃とともに、シンジの体は地表へと押し出される。

「シンジ君。準備はいいわね?」

「・・・どうぞ」

 

『目標は、最終防衛ラインに侵入しました』

モニターに映る、第三新東京市街へと侵入する使徒の姿が見える。

 

「最終安全装置、解除!エヴァンゲリオン初号機、リフト・オフ!!」

 

(シンジ君。死なないで)

自分の行動を顧みないミサトが呟くが、その声を聞いた者はいなかった。